仙台市戦災復興記念館を後にした私はそのまま西公園に向かってみることにしました
案内図を見ると…![]()
広瀬川の袂に目的地があるみたい
花火大会見物の場所取りやら出店やらの準備で人が行き交ってます
今週のお題「まつり」![]()

出店は準備万端、あとは匂いでお客を誘うのみみたいな感じ
そんな賑やかな場所を横目に西公園を抜けて広瀬川沿いへ進むと…
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謂れのある桜並木を抜けて…![]()
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広瀬川大橋のたもとまで来ました
右手に降りていく階段があるので降ってみるとありました![]()

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仙台キリシタン殉教碑に到着です![]()
ここは元和十年(一六二四年)二月十八日と二月二十二日(太陽歴)ポルトガル人宣教師カルバリオ神父日本名長崎五郎衛門外八名のキリスト教徒が、大橋の下の水牢で厳寒のさなかに水責めにあって殉教した遺跡である
この記念像は深沢守三神父の作三体の記念像のうちの中央はカルバリオ神父、その左右はここでの殉教者たちの象徴としての武士と農民像である
一九七一年九月十二日
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要約すると改宗を迫ったが改宗しないので水牢に入れさらに改宗を迫ったが8人とも亡くなってしまったそうな…
(石母田文書)
冬場に水責めかぁ〜…
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水牢跡などは残っていませんでしたが橋脚の袂に妙な穴の痕跡がありました(防空壕あとかもしれない)

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ポルトガルより寄贈された大理石

いつものことながら見学者は私独り![]()
お祭りの陰で彼等はひっそりと審判の日を待ち続けているのでした
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その後お祭りムード満点の中青葉城の曲輪跡にある仙台市博物館へ石母田家文書を見学しに行きましたが…
https://www.city.sendai.jp/museum/tenji/tokubetsuten/annai/documents/list_202407_02.pdf

花火大会で運悪くお休みでした

1624年にカルバリオ神父含む8名が殉教
1636年キリスト教に一応の理解があったとされている伊達政宗が死亡(政治的なカードであったのかもしれませんけど)
1637-1638 島原の乱
そして
1639-1640の大籠集落の殉教へと続いていくことになります

どんよりとした空の下で少し街を眺めるところでその3に続きます